うつとは何か
日本ではまだ「うつ病はセロトニンなどの脳内化学物質が足りなくなることが原因である」という説が広く信じられています。
そのため「SSRI」といった脳内科学物質を補うという意味で抗うつ剤が患者さんに処方されています。
しかし、抗うつ剤できちんとうつが治ったという人はアメリカの大規模研究では全体の3割程度です。
今の日本の精神医療の制度上のこともあり、薬以外の選択肢が無いというのが現状です。
いろいろあるはずの治療法の選択肢が狭められているため、重症化したり長引いたりしているのが現状です。
そこでうつの最新研究で明らかになってきたことがあります。
それが「うつは脳の慢性炎症から起こる」という考え方です。
「脳の炎症」を防げば、うつは治せる(永岡書店) 著者:最上悠(もがみ ゆう)精神科医・医学博士。 より多数引用させていただいております。
従来型うつと新型うつ
さて、うつには従来型うつと新型うつがあります。
従来型うつ
1気持ちの落ち込み
2楽しめない、喜べない
3食欲の低下、増加
4不眠、過眠
5焦り、じっとできない、頭の回転や動作が遅くなる
6疲れやすい、気力がわかない
7自分を責めてしまう
8思考力、集中力、記憶力の低下
9死ぬことをよく考える
新型うつ
これは従来型うつの診断基準にあてはまらないうつです。
従来型うつはほとんど気分が晴れることがないのに対し、新型うつの場合、
楽しいときは普通にいい気分で過ごせますが、いやなことがあると尋常じゃないくらいに落ち込んだり、何もやる気が起きなくなってしまったりするのが特徴です。
そのため、周囲に誤解されやすいということがあります。都合のいいときだけ具合悪くなって…などと仮病だと思われたり、性格に問題があるんじゃないかと誤解されやすいのです。
またこのような症状には「SSRI」といった抗うつ剤を使っても効果が芳しくない、ということがあります。
従来型うつと新型うつは別のものではありません。
最新の研究によると、従来型うつの患者さんの多くが過去に新型うつを経験していることがわかりました。
皆さんは日常の中でいろいろなストレスを感じ、体調不良になったりすることもあるでしょう。大抵はストレスが大きくかかる時期を過ぎると体調も落ち着いてくることが多いと思います。
しかし、ストレス状態が解決されずにいると気分が異様に落ち込んだりする「過剰な気分反応」が見られるようになります。(新型うつ)
さらに進んでしまうと、ちょっと疲れただけでいきなり死にたくなったり、休んでも休んでも疲労が取れなかったり、異常に何かに依存してしまったりということが起きてしまうのです。
これをイレギュラー反応と呼びます。これが従来型うつの段階です。
今は軽い新型うつだったとしても治療せずにほっとくと重症化していくリスクが十分にあるわけです。
ですから、「軽いうつや早期のうつの治療に積極的に取り組むこと」が従来型うつに苦しむ人を減らすことができるのです。
従来型うつの身体症状
うつときくと心の症状を思い浮かべますが、実は身体症状も多く出てきます。
微熱、耳鳴り、動悸、不眠、吐き気、肩こり、下痢、めまい、ふらつき、倦怠感、食欲低下、生理不順、関節痛、便秘、頭痛、首痛、胸痛、腹痛、背中痛
新型うつも上記の症状が出ます。新型うつの患者さんの半数がじつは「精神症状ではなく体の症状」を訴えるのです。
これは実は「自律神経失調症」「身体表現性障害」「不定愁訴」などと呼ばれていますが、病院に行っても「異常なし」といわれることがしばしばです。
精神の問題が体の不調や痛みとなって出てくる、これは私たちの日常にもよくあることです。ストレスが溜まると肌荒れしたり胃が痛くなったり肩こりや頭痛がひどくなったりしますね。
厚生労働省の調査によれば、過労自殺する人の多くはうつ病を患っていると報告されています。その半分近くの人が亡くなる一ヶ月以内に病院に行っていますが、そのとき受診したのは精神科や心療内科ではなく、内科、外科、耳鼻科、整形外科だったといいます。
このように体の症状が強く出ている場合は、医師も判断が難しく、自律神経失調症のような症状に対しては医者も積極的に治療しようというところは多くありません。
精神科に行っても新型うつに「SSRI」は効果が薄いため、なかなかよくならずに患者さんもあきらめてしまうケースも多いのです。
うつはセロトニン補充だけでは完全に治らない
SSRIを飲むとほとんど全員が脳の中にあるセロトニン量が増えることはわかっています。
しかし、アメリカの大規模調査の結果、全員うつの症状が消えるわけでもなく、3割程度が完治した程度なのです。
これ以外の脳内化学物質に焦点をあてた薬もあり、症状によっては効果が期待できるものもありますが、
薬だけで完全にうつを治すことはなかなかできません。
しかし、現状の日本では薬以外の選択肢はないのです。
心と体は密接です
末期がんの患者さんには麻薬と抗うつ剤を一緒に投与することでその効果を高めます。
パニック障害は不安障害の一種ですが、息苦しさ、冷や汗、めまいなどの体の症状を引き起こします。
ひどく悩むと自律神経のバランスが崩れて胃に穴が開いてしまうことがあります。
ストレスがたまると、風邪やヘルペス疹を患いやすくなります。
生理前、閉経期の女性は女性ホルモンが不安定になっていますので、うつっぽくなります。
精神面が酷使されるとそのしわ寄せが体の不調となりますし、体の不調がうつのリスクを高めることも知られています。
ファイナルコモンパスウェイという概念
これは全身に張り巡らされた心身の情報伝達のネットワークがあり、何かあれば「心/体/行動」のどこにでも不調が出てくるという考え方です。
全体(脳神経系/ホルモン系/免疫系)が1本の道で密接に連動しあい、さまざまな用途に使いまわされているのです。
うつ病にはいろいろな他の合併症状も持っています。
うつの患者さん…不安障害や身体症状が出ていることが多い
アルコール依存症/過食症…うつを経験していることが多い
境界性パーソナリティ障害…うつを経験していることが多い
どの症状も心身の情報伝達ネットワークの異常という同じひとつの原因によって起きている、と考えると分かりやすいのです。
ネットワーク異常があり、それが人それぞれに個性が出てくるのです。
そして、表面的に見えるその状態に対して
うつが目立つ人はうつ病
体の変調が目立つ人は自律神経失調症
などと病名がつけられているのです。
脳の症状 行動の症状 自律神経の症状 性格の症状 衝動や依存の症状 体の症状は同じ原因から現れ、合併して表面化することがよくあるのです。
「脳の炎症」を防げば、うつは治せる(永岡書店)
これは最新の研究からわかってきました。世界レベルではほぼこの関連は間違いないと確信されています。
精神医療では世界最高峰の機関のひとつNIMHではこの説を支持するレポートが出されていますし、欧米では医学教育に取り入れられています。
急性炎症について
急性炎症…これは体の中に病原菌が侵入してきたり、やけどや打ち身などをしたときにその危機に対応するための体における防御システムです。
健康な人でも毎日、無数の異常が体内で発生しているわけですから、それに対処するための免疫反応による急性炎症も体のあちこちで起こっているのです。急性炎症というのはそれ自体が悪い訳ではなく、からだの自然な免疫反応なのです。
急性炎症は細菌やウィルスと戦う戦闘期そして戦いによって壊された組織を回復させる(かさぶたをつくるなど)ための回復期があります。
慢性炎症について
しかし、はじまりがはっきりしていなくて、きちんと停止することもなくだらだらと続いてしまう炎症があります。これが慢性炎症です。
ほとんどの場合、痛みを感じることがなく、外からわかるような症状もあまりありません。しかし、顕微鏡で体の組織を丁寧に見たり、特殊な血液検査をを行ったりしていくとかすかな炎症反応が見られます。特に脳で起こるものはミクロの慢性炎症と呼ばれます。
そのくらい微弱なものだとしても、炎症が続けば脳や体は確実に疲弊し、蝕まれます。
心理ストレスが脳の視床下部を刺激し、炎症伝達物質を活発化させて炎症を発生させます。
すると脳はストレスホルモンというものを出して、「炎症を停止しなさい」という即効性のある命令を運ぶのです。
または自律神経の迷走神経を使う方法です。副交感神経からなるもので、心身のリラックス状態を作る働きのほかにゆっくりと炎症を抑える作用もあるのです。
炎症が続いているときはこのストレスホルモンもずっと出続けます。すると体の感度が鈍くなり、効果も落ちてきます。
ストレスホルモンの効きが悪くなっているときは迷走神経の働きが重要になってきます。
しかし、炎症の力が強いといつまでたっても炎症が慢性化して続いてしまうことになるわけです。
一過性のストレスより、慢性的なストレスがあるときほど、慢性炎症が起こりやすいということがわかってきます。
特に対人関係に関するストレスは慢性炎症につながりやすいことが分かりました。
※仕事上の人間関係 上司や同僚 夫婦仲 嫁姑問題 ひとりぼっちの介護 誰かを亡くした など
がうつの要因になりやすいストレスとして知られています。
慢性炎症のメカニズム
特に大きくかかわっているのがストレスホルモンと炎症伝令物質です。
慢性炎症が起こるとこれらが体内で増加します。
炎症伝令物質→うつっぽい症状を引き起こす「免疫反応をおこせ」「うつっぽい症状を起こせ」
なぜうつっぽい症状かといいますと病的行動と呼ばれる感染症に対する体の防御反応なのです。
病的行動とは食欲を低下させて病原菌に対する栄養を与えないようにしたり、栄養不足の状態に耐えられるように心身の活動レベルを下げてエネルギーの消耗を防ごうとする行動なのです。
炎症伝令物質が脳内化学物質の働きを狂わせる
炎症伝令物質が分泌されていると脳内化学物質の生成量が減ってしまいます。セロトニンの材料であるアミノ酸を破壊してしまうのです。
またコモンファイナルネットワークの概念により、炎症伝令物質が出続けていて調子が狂っているときには同じネットワーク内である脳内化学物質の働きも悪影響を受けてしまいます。
ストレスホルモンやグルタミン酸や活性酸素→脳細胞を破壊してしまう
ストレスホルモンは「炎症を終えなさい」という命令を運ぶのですが、慢性炎症が起きているときはこれがずっと分泌され続けるので過剰になるわけです。
するとその毒性によって脳の神経細胞の一部が死んでしまうのです。また脳細胞への栄養供給をブロックしたり、さまざまな化学物質の挙動を狂わせたり、情報伝達を混乱させたりする作用があることもわかっています。
とくに記憶や感情にかかわる海馬領域や扁桃体と呼ばれるところが破壊されます。うつや不安障害の患者さんの多くでこれらの部分が萎縮していることが観察されているのです。
ここがダメージを受けてしまうとなんでも悲観的に考えてしまったりするようになります。
脳細胞の生まれ変わりがスムーズにいかなくなり、周辺の組織も死んでしまいます。
ストレスホルモンによって死んでしまった海馬領域などの細胞も生まれ変わることは可能です。しかし、長すぎたり強すぎたりする炎症反応は脳内の一連の新陳代謝に異常をもたらします。また慢性炎症は脳細胞のグルタミン酸を増やすこともわかっており、増えすぎてしまうと細胞を傷つけて神経毒となり心の病気の原因となります。
活性酸素も慢性炎症が起きているときはずっと出続けるため、活性酸素に弱い脳細胞はどんどん酸化して、脳細胞の自殺反応を加速してしまうのです。
慢性炎症とさまざまな病気との関連
自律神経失調症と症状のページでもグラフを載せているように、慢性炎症と自律神経失調症とは深い関係があります。慢性炎症はからだの中のどこでも起こります。がん、糖尿病、心臓病などの生活習慣病もこの慢性炎症が深く関係しているのです。
炎症による強い酸化作用が病気の原因なのです。
病原体を攻撃するときに活性酸素が使われます。慢性炎症がずっと続くときもこの活性酸素が出続けるのですが、これがからだを徐々に錆びさせます。
また、活性酸素により遺伝子が傷つけられるとガン化します。
これは胃炎を繰り返していると胃ガンになりやすく、肝炎を繰り返していると肝臓ガンになりやすいなどの関連からわかります。
これが脳で起こっているとアルツハイマーになりやすく、血管で起こっていると動脈硬化の原因となるのです。
血液が悪玉コレステロールや脂肪などの異物でドロドロしていると血管が慢性炎症を起こし、傷つきやすく、保護するためのかさぶたができやすくなります。このかさぶたが剥がれ落ちて、血管が詰まると脳梗塞や心筋梗塞や失明、腎不全につながるのです。また血管がやぶれやすくなっているため、万が一のことがあると大出血を起こす可能性があります。
慢性炎症のもうひとつの原因
慢性的な心理的ストレスによって慢性炎症が起こるとお話しましたが、もうひとつの大きな要因としては「肥満」があります。なぜでしょうか?
脂肪細胞が実は炎症伝令物質を生産してしまうのです。
炎症伝令物質は「炎症を起こしなさい」という命令のものなので、炎症が絶えず起こることになるのです。
そして内臓脂肪型の肥満がこの慢性炎症そしてうつを起こしやすいのです。
アメリカの大規模調査によってもこの関連性がはっきりしました。
内臓脂肪が増加した人の5人に1人が重度のうつの発症が認められたのです。
さらにドイツの大規模調査では肥満、高血圧、高血糖、高コレステロールといった動脈硬化予備軍の傾向があると若くてもうつを発症しやすいことがわかりました。
今は症状が無くても上記のようなリスクを背負っている場合は確実に慢性炎症がからだの中で進んでいると考えられるのです。
これは生活習慣が大きく関わっていると考えられます。と偏った食生活や運動不足が慢性炎症を引き起こしやすくします。こういった生活習慣も慢性ストレスと呼べます。
ではうつの予防や治療のためにどうすればよいのか。
「慢性炎症を抑える」「慢性炎症の原因となる心理ストレスを減らす」このアプローチがあるわけです。
このことから生活習慣を見直しながら、上記のふたつを実行していくといいでしょう。
運動→肥満解消→脂肪細胞が減って炎症伝令物質が減る。心理的ストレスも減る
食生活の見直し→栄養バランスがよくなる→身体機能の健全化、スムーズな新陳代謝
からだの歪みをとる→身体的な慢性ストレスが減る
呼吸が深くなる→副交感神経が優位になり、交感神経が沈静化して炎症伝令物質が減る
アメリカでもうつ病治療のガイドラインとして「TMAP」でも適切な運動と食事は強く奨励されています。